PHILOSO-FISH ふじいの釣りと哲学

関西を拠点とした釣りの記録と、釣りを哲学・心理学・倫理の観点で捉えた考察を紹介します。

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釣りが好きな子供なまま、大人になってしまった。

見出し画像大人になれないのか、大人になっても変わらないのか。

大人になってからずっと、釣りが好きな自分に負い目を感じていました。

このまま、釣りを続けていていいのか。

大人になったら、釣りを諦められるのか。

釣りを諦めたら、大人になれるのか。

 

釣りが好きな気持ちを抑えなければならない場面で

「いっそ生まれてこなければ」

と思うことだってありました。

 

 

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子供ができて、「生きる意味」についてよく考えるようになりました。

なぜ、自分は生まれてきたのか。

父親が私にしてくれたことを思い出してみました

父は働いて、また働いて働くような生き方でした。

とても苦しかったと思います。

好きなこともできなかったでしょうし、体力的にも辛かったと思います。

それを差し置いてでも、私を釣りに連れて行ってくれました。

私はとても幸せでした。

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自分の子供のことを思ってみました。

子供には、楽しい人生を送ってほしいと思いました。

自分がやっていることを振り返ってみました。

 

...今の自分の姿を見て、子供は幸せに生きるための道を選ぶことができるでしょうか。

父親が私にくれたものを振り返ってみました。

父親は私のそんな姿を見たかったのでしょうか。

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人を幸せにするのは、とても難しい。

多くの人が多くの勉強をし、耐えがたい苦しみを我慢し、働くのは生きるためではあるが、それによって人は幸せになっています。

 

私にそんなことができるだろうか。

自分が「これくらいはやったぞ」と思う程度のことで、人を幸せにすることはできるでしょうか。

そう考えたときに、私の原動力は「釣り」しかないと思った。

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もっと真剣に釣りに取り組んでみよう。

楽しいことを全力でやる。

多くの人を巻き込んで楽しむ。

子供に自分の好きなことを全力でやる勇気を与える。

その姿を子供を見せて、私は幸せに死ぬ。

 

私はそんな釣り人になりたい。