大人になれないのか、大人になっても変わらないのか。
大人になってからずっと、釣りが好きな自分に負い目を感じていました。
このまま、釣りを続けていていいのか。
大人になったら、釣りを諦められるのか。
釣りを諦めたら、大人になれるのか。
釣りが好きな気持ちを抑えなければならない場面で
「いっそ生まれてこなければ」
と思うことだってありました。
子供ができて、「生きる意味」についてよく考えるようになりました。
なぜ、自分は生まれてきたのか。
父親が私にしてくれたことを思い出してみました
父は働いて、また働いて働くような生き方でした。
とても苦しかったと思います。
好きなこともできなかったでしょうし、体力的にも辛かったと思います。
それを差し置いてでも、私を釣りに連れて行ってくれました。
私はとても幸せでした。
自分の子供のことを思ってみました。
子供には、楽しい人生を送ってほしいと思いました。
自分がやっていることを振り返ってみました。
...今の自分の姿を見て、子供は幸せに生きるための道を選ぶことができるでしょうか。
父親が私にくれたものを振り返ってみました。
父親は私のそんな姿を見たかったのでしょうか。
人を幸せにするのは、とても難しい。
多くの人が多くの勉強をし、耐えがたい苦しみを我慢し、働くのは生きるためではあるが、それによって人は幸せになっています。
私にそんなことができるだろうか。
自分が「これくらいはやったぞ」と思う程度のことで、人を幸せにすることはできるでしょうか。
そう考えたときに、私の原動力は「釣り」しかないと思った。
もっと真剣に釣りに取り組んでみよう。
楽しいことを全力でやる。
多くの人を巻き込んで楽しむ。
子供に自分の好きなことを全力でやる勇気を与える。
その姿を子供を見せて、私は幸せに死ぬ。
私はそんな釣り人になりたい。